平成20年7月8日火曜日

桐野夏生さん

作家である桐野夏生さんが、自分の仕事と生き方について書いた記事を見つけました。自分の人生を納得のいく形で生きるためには、時と所が変わっても各自が経なければならない過程なのかもしれません。抜粋です。(2008年7月6日、朝日新聞)

 私たちの世代の女性は、今からは想像もできないほどの就職難に直面していました。しかも大学を出たのは石油ショックの翌年。友人のほとんどは、就職ができても結婚を機に辞め、家庭の主婦になっています。私自身は子供の頃から、いろいろな問題を考えるのが好きで、いずれは新聞記者になりたい、などと漠然と思っていましたが、女性の私には高すぎるハードルでした。 大学時代はベトナム戦争もあり、全共闘運動、ヒッピームーブメントの盛んな頃でしたから、「この世の中はおかしい」と強く感じていました。就職することが、現実に負けるような気がしましたし、権力におもねることではないか、とも考えていたのです。
 大学を出て、いくつか小さな会社に勤めましたが、将来の展望も持てないままに辞めてしまい、不満を抱えつつも、自分はアウトサイダーになるしかないと決心しました。 出版社の試験も受けたことがあります。でも女性誌枠の編集募集で、一般教養の試験ではなく、洋裁や料理の知識が求められた時代です。私は家庭科音痴だったので、理不尽だと憤慨もしましたが仕方ない(笑い)。書くのが好きだったのでライターの仕事もやりました。でも、膨らませて、はら話を作るのは得意でも、要点を抽出するのが意外と苦手で、あまり向いていなかったように思います。 しかし、シナリオ教室に通うようになった後、最初の小説を書いた時に、とても驚いたものです。楽しいし、いくらでもアイデアが湧く。自由に虚構を作る方が向いていることは、自分でも意外でした。自分が作り出した世界に酔って放心できるし、ライターズハイも体験して、これは天職だ、自分の仕事にしていきたい、と思ったのです。経済的に自立できるのはまだずっと先でしたけど、ともかく書きたいことを書き、自分自身が楽しく酔える仕事をしようと決めました。
 就職で挫折し、社会から要らないと弾かれた気分が強かったがゆえに、自分で将来を手探りしなくてはならなかったことが、自分を突き詰めることになったのだと思います。

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