平成20年8月25日月曜日

演劇の魅力 仲代達矢さんの意見

 何人か、演劇にのめりこむ人が身近に居ました。みんな、プロにはならなかったのですが、そのように人をひきつける何物かが何であるのかは傍観者である私にも興味がありました。役者は三日やったらやめられない、という言葉は何を意味しているのだろう? 仲代達矢さんが自身の経験に基づいて語った文章がありました。以下がそれです。

「普通の人とは違う人間の野性を生きる」 
 これは、亡き妻宮崎恭子が若い俳優たちに語りかけた言葉で、「俳優の仕事は、人間の野性、あるいは本能を描くこと。それに知が絡み合って人間を演じていく」、そういう意味です。私たちの日々の営みは、建前とか社会性でつづられていくものだし、それが秩序を作っていくのですが、人間には本音があり本能がある。深くて複雑な人間を見つめながら、こんな生き方もあると表現していくのが俳優の仕事だと思います。 

 新劇の世界は、一に作者、二に演出家、三番目にやっと俳優という位置づけになっているような気がしていますが、どんなにすぐれた脚本があっても、それを俳優が肉体化しなければとても成立しません。ですから、それに応えられるような格の高い演技が要求されるでしょう。

 私は映画の仕事にも多く携わっていますが、ここでも監督などが、作ろうとする一本の作品のことを考えてオーディションをし、役柄に沿う人を選ぶ。昨日まで役者としての経験もない素人でも任に合えば使い、あとは放り捨てるような現状です。それはプロとアマチュアの差を認めていないということです。 私が考える役者というのは、どんな商売でもそうであるように、何らかの修業を経て、俳優として、また人間としての意識を持ち、お客さんを感動させ、人間とは何か、人間の命とはどういうものかを常に自分に問い、それを表現する志と技を磨いていく存在なのです。

 若い頃の私は、とにかくうまくなりたいと思って世界中の演劇書を読みあさりましたが、なかなか俳優の感覚にピンとくるような技術指導書はありませんでした。 ある日寄席を兄に行った時のことです。紙切り芸の名人、初代林家正楽さんの舞台で「あ、これだ」とひらめくものがありました。正楽さんはお客さんの目の前で和紙をはさみで切っていく。仕上がったら扇子を持ってパパーツとあおぐのですが、和紙が本物の蝶のように生き生きと舞うのです。ここには俳優という商売の、「表現の秘」があると強く感じました。 

 また、俳優の魅力とは何かについても懸命に考えました。その人の魅力にお客さんはついてくる。その事実は分かっていても、身につける方法はどのような指導書にも書かれていないのですが、30歳の頃にシャンソン歌手イブ・モンタンの歌を聞いたことがあります。衣装は黒いシャツを着ているだけ。しかし「枯葉」を歌い始めた瞬間にピンとくる魅力を感じたのです。口では説明できない、どうすれば手に入るのか見当もつかない。でも、その魅力というものがなければ人を引きつけることができないと痛感しました。

 それは今でも分からないし、明確に人に教えることも難しいままなのです。 つまり俳優は自分で、日々人間へのアンテナを張り続けていくしかないのですね。でも、簡単ではないからこそ面白いのではないですか